開拓の大地で、なにを思うか。牛と人が切り拓く、新しい景色(北海道中標津町・有限会社 竹下牧場 竹下耕介代表)

北海道の東部に位置する中標津(なかしべつ)町は、酪農業を中心とした人口22,297人(2024年9月)のまちです。北海道の酪農は、生乳の生産額が全国の5割以上を占めるという日本の酪農業界のなかでも重要な役割を担っています。

そうしたなか現在の厳しい酪農状況において、先進的な取り組みに挑み続ける生産者、竹下耕介さん。これまで酪農業とは別に、「ゲストハウスushiyado」や「竹下牧場チーズ工房」、「シェアキッチン ウシベース」など、様々な事業を展開してきました。2023年には新しくオフグリッド(電力を自給自足している状態) の宿「FARM VILLA taku」をオープン。竹下さんが話す「開拓の大地」の景色に込められた思いとは。

プロフィール

竹下耕介(たけした こうすけ)

有限会社 竹下牧場 代表取締役。1974年、中標津町生まれ。地元普通高校卒業後2年間、中標津町を離れて20歳で牧場に戻り、23歳で経営移譲。2006年に受精卵でブラウンスイスのメスが生まれる。現在相当数(360頭)の1割を占める。2006年より牛の万歩計とmilkメーターを導入し、センサー技術を用いた牧場の技術の見える化につとめ、初心者でも働きやすい環境をつくる。2008年法人化。2018年より「ゲストハウスushiyado」を共同運営。2019年「竹下牧場チーズ工房」を夫婦二人で開設して販売開始。2021年、牧場内に「シェアキッチン ウシベース」を建設し、スープなどの惣菜加工に取り組む。2023年、電力オフグリッドの一棟貸し宿「FARM VILLA taku」をオープン。牛を中心とした新しいコミュニティの場を構築中。グッドデザインアワード2021/2024受賞。

「開拓を、みんなのものに」。執念で実現した念願の事業

―― 北海道らしい景色が広がるこの場所で、オフグリッドの宿を誕生させた竹下さんですが、どのような思いがきっかけでオープンしたのでしょうか

1956年(昭和31年)に先代が入植して開拓したところから、「この土地でみんなで酪農をやろう」と盛り上がって中標津という町ができました。「開拓の大地の景色が見える、この場所に人を呼びたい」という思いから「taku」をつくりました。

―― まさに何もないところから開拓するという、フロンティア精神を感じます。構想は、いつ頃からあったのでしょうか?

この場所に宿を開くことは以前からあって、2017年には土地を購入していました。2018年に「ゲストハウスushiyado」をオープンしているので、その前からですね。パブリックな意味で牛とつながる場としてのゲストハウスがあって、竹下牧場を知ってもらい、「taku」から見える、この景色に辿り着く。それが当初からの計画です。

―― 実現にあたって大切にしていたことは

いっぱい批判もあるし、全て私がやってることが正しいとは思えないし。もちろん経営も含めて、妻の理解やたくさんの人たちの支援があってこその実現でした。一つ言えるのは、ニーズとかマーケットも一切無視で「自分がこうあるべきだ」というものを実現するためにやっているところがあります。思い描いている世界観を大切にしています。

―― 奥様の理解は大きいですね

当初から宿をやるということは共有していました。ゲストハウスやコワーキングスペースなど、今までの事業は伏線のような形で「taku」について、当時から私のことを知っている人は「執念ですね」と言う人もいます。

―― どんなところが、とくに大変でしたか

時期的にもコロナのときで、ウッドショックによって価格が高騰しているときでした。それでも応援してくれる人がいて、無事に完成することができました。実は、これまでに2回工事をストップしているんです。トラブルが重なって何かがダメになっても、違うアプローチからまたチャレンジをする。一旦ストップしても壁は見えているので、登れない訳では無い。分かっているから後退しますが、違うアプローチで超えていくので決して諦めている訳ではないんです。

―― 竹下さんに協力する人たちとの信頼関係があってこそですね

自分でも嬉しいなと思うのは、「今はやめるかもしれないけど、結局やるんでしょ?」と(笑)。そう言ってくれる周囲の人たちの存在は、とても有難いですね。

―― 自分なりの解釈や物差しで何年もかけて、いろんな声もありながら信じて進んでいく。その大切にしている物差しについて教えてください

「牛と新しい関係を」というステートメントを最初につくったことが大きいと思います。その軸が無いと、やっぱりボケちゃう感じがしますね。

小高い開拓の丘に鎮座する、オフグリッドの宿「taku」

すべては「牛」から。時代とともに広がるコミュニティ

―― 「牛と、新しい関係を。」というコンセプトはどのように誕生したのでしょうか

当時、コピーライターさんに参加してもらっていて、そのときに私のことを「ユニークな存在ですね」と言っていたんです。私が話していることは、「牛がいて、開拓して、牛乳を生産して、糞尿で土が良くなって、牛乳を生産する。そして、工場ができて、街ができる。牛は、牛乳を絞ってるだけの存在じゃない」といったことですね。

―― そう考えると、牛の可能性は凄いですね

はい。牛は経済も、歴史も、未来もつくっているので「牛の存在は、素晴らしい」ということを、これまでも話してきました。なので、「牛と、新しい関係を。」というのは、「食べたり飲んだりすることだけじゃないよ」という思いが込められています。

―― 竹下さんが幼い頃からこれまで見てきた景色と、現在の様々な事業をやっている景色。どんな変化が感じられますか

20代や30代の駆け出しの頃は、「地域がどんどん縮小していって、このままじゃ地域が崩壊するんじゃないか?」という課題感のようなものがありました。そんなとき、ある大学の教授の人と議論する機会があって、「地域が縮小してるんじゃなく、地域がどんどん広がっている」という解釈のほうが「未来的なのではないか?」と思ったんです。

地域内外から利用者が集まる、「ゲストハウスushiyado」

―― 未来的というのは、どういうことでしょうか

今、話している共通認識の「地域」というのは、車がない時代に開拓して、町ができて生まれた「コミュニティ」のことを指しているのかなと。今の時代は、車に乗るし、ネットで本や物も購入できるし、1年に1回も会わない人とやり取りもできる。私たちがやっていることは、どんどん広がっていると。じゃあ、そこにある「コミュニティ」というものは、人が少なくなっていって…。いや、逆だなと思いました。

―― 「コミュニティ」は広がっている

はい。そこで何が邪魔しているのかと言うと、「境界線」ではないかなと。境界線というのは、「ここから中標津町で、ここから別海町ですよ」というような、行政区ですね。税金を払っている以上、自治体・行政は大切な話ではあります。また、コロナを経験したことによって、さらにそれが加速しはじめた。どこでも仕事ができて、どこでも普通に生活する人たちが増えてきている。

―― 「旅人以上、定住未満」という人たちですね

定住、住民というカテゴリーも、この先きっと「ボーダーレスになるのではないか?」と。移民の問題とか色々あると思いますが、そう思います。

―― 境界線を取っ払ってしまったほうが、こだわってクローズであり続けるよりも色々な可能性があると

ボーダーレスになると、いろんな悩みが増えると思いますが、賛否両論あるほうが楽しいですよね。何かチャレンジをする上でも、振れ幅は広いほうが良い。そして、逆振りできると更に面白い。

開拓の大地を眺めながら快適な滞在を楽しめる「taku」

開拓の大地に訪れる人たちと、迎える側の覚悟

―― そうした考えかたや発想は、この「開拓の大地」から受けている影響も大きいのでしょうか

私が話すことは、基本的に抽象的なことが多いです。「開拓の大地に人を呼びたい」。で、何?という(笑)。呼んで、何を思うのか?は、その人次第。そして実際、ここに開拓に入ってきた人たちには「開拓の先」があったんです。家族を裕福にしてあげたいとか、何かチャレンジした証を残したいとか。その先というのは、人それぞれだから。開拓の大地を見て、何を思うのか。訪れた一人ひとりに、その先があると思います。

―― 北海道は「試される大地」などと言われますが、そうしたフロンティア精神を問うような土地でもあるのかもしれません。そういった意味で中標津町へ来て、何か変化があった人の話があればお聞きしたいです

こうして質問を受けていて思うのは、結局ここに来る人は「スイッチが入っている人しか来ない」ということですね。逆を言えば、なんとなく来ちゃった人はいない。観光にしても、「どこに行きたい、誰に会いたい、自分はこうしたい」といったように、飛行機に乗って時間を使って北海道まで来る人は、降りたった瞬間にスイッチがもう入っている気がしますね。

―― 迎える側だからこそ気付く視点ですね。スイッチが入っている人たちとの時間というのは、竹下さんにとってどのような時間なのでしょうか

「朝の牧場散策」は分かりやすいですね。完全にスイッチが入っている人しか来ていないので。時間をつぶすためにとか、飛行機の時間までにとかじゃなく、牛を見たいから朝5時に起きて来ました、という人たち。そういう意味では、来たい人、目的がある人、牛に会いたい人たちが集まってくるので、自分にとってはすごく居心地がいいですね。

竹下さん自らが案内する、朝の牧場散策の様子

―― 竹下さんにとっても充実した時間であると

はい。そして次に考えるのは、「その人がほしい言葉や知りたいこと」です。これはガイド業につながりますが、知りたいことをゲストに伝えてあげることが、私にとってものすごく満足度が高いんです。牛の生態を知りたいなら生態のことを話すし、酪農業のことを知りたいなら経済の話、といったように求めているものがある。そして牛を通じて「いい関係」が生まれる。

―― そうした関係性でいうと酪農業とは違う業態で、中標津町外の人とつながることについて気付いたことなどあればお聞きしたいです

以前、ラジオ番組に取り上げてもらって、たくさんご注文をいただいたことがありました。そこで経験したのは、「急な注文に対する、対応の大変さ」です。そのとき思ったのは、「それは自分自身、本当にやりたかったことなのか?」ということでした。

―― お互いにとって、いい関係にはなっていないですね

はい。経済的に、たくさん注文を頂けるのは嬉しいことだけど、本当は「ここに来て、食べてもらいたい」という思いがあります。その後も、「間違いなく売れるだろうな」と思う有名な媒体から掲載のオファーをいただきましたが、結局お断りさせていただきました。コンセプトやストーリーから見ると、やはり外れてしまうので。

―― その場所に来て食べるという体験が、一番の「おいしい」ですよね。今のエピソードは、得たいものが売上じゃなくて、「ゴールを達成するプロセスにおいて、プラスになるかどうか」という判断基準なのかなと。それが竹下さんの価値観なんだなと感じました。「ゲストハウスushiyado」で、宿泊者に無償でチーズを提供していますが、こうした話を聞くと記憶として蘇るものがありますね

「リスクを伴うから、覚悟がいる決断」ですね。結局、先ほど話した振れ幅の話ですが、分かりやすいのはホクレンさんとの比較かなと思います。ホクレンさんは不特定多数に、安定的に、どの食卓にも牛乳を届ける使命がある。そして、その柱があって酪農という産業に関わっている私は、「地域が発展している」ということを含めて、そこに関わっている自負がある。でも、私はそれとは違う「逆振り」をやっています。ホクレンさんと同じことはできないし、やらなくて良いと思っているんです。

―― 経済的に売上は達成しなきゃいけないものですが、絶対これだけは譲らないということもブレずにやってきていると。この時代において、その信念を貫くような生きかたってなかなか難しいと思うのですが、その心のガソリンのようなものはどこから来るのでしょうか

どうせなら楽しいほうがいいですよね。

―― 義務感に駆られるのではなく、自分のなかでワクワクすることをやる感じでしょうか

「やりたいことをやっている」という思いがあります。「開拓の大地に人を呼びたい」と言うことで、人を招き、結果的に地域が盛り上がることにつながると思っていますね。

「ゲストハウスushiyado」で提供している、竹下牧場のチーズ

循環する生きもの「牛」を中心とした生きかた

―― 「牛」に対する思いが強いからこそ、ですね。そこまで竹下さんを夢中にさせる「牛」の魅力って何でしょうか

地域が変わると「牛」というのは、神様にもなるし、信仰の対象にもなりますよね。やっぱり動物を見ていて不思議に思うのは、野生と家畜の違いです。ペットも含めて、人間との距離感なんじゃないかなと。
基本的に牛は、人間の食べないものを食べて、子どもの命につなげることによって、牛乳という人間の食べるものにつなげてくれている存在です。壮大な「循環型の生きもの」であって、そのスタートの部分が酪農であると思っています。

―― 歴史を遡れば、何万年という牛と人間との関係性があると思います。竹下さんは今後どうなっていくと考えますか

2050年に人口が100億人になるけど、「2050年までにカーボンニュートラルな世界を目指していかないと地球が持たない」と言われています。そうなったとき、人間の生業も持続可能でなければならないなかで、100億人の人が何を求めるか。それは、タンパク質かなと思っています。人が生きるために必要なタンパクを「動物性」で取るのか、「植物性」として摂取するのか、そこは変わらないと思います。今後どうなっていくか様々な変化はあるでしょうけど、変化を受け入れる柔軟性を持ち続けたいですね。

―― 最後に、今後の竹下さんの青写真的な展望をお聞かせください

振れ幅の話やコミュニティの話につながるのですが、「コミュニティ」という普遍的なものについて、考えていることがあります。今は、SNSやネットを通して多様な人たちとつながれる時代ですが、そうした時代において「同じ釜のめしを食べる」という「食堂的な食のコミュニティ」というものに注目をしています。
それは、ネットで頼めば家に食事がすぐ届くという時代において、本来の「食」というものはもっと文化的で、豊かであって、もの選びから食材の皮をむくところ、音や匂い、そのすべてが「食」に集約されている。そうした玄関先に届く「五感を感じる食のコミュニティ」について、何か可能性があるのではないかと注目しています。

とどまることを知らない、竹下さんの現在地。読者のみなさんはどう思われたでしょうか。揺るぎない「牛」との関係性を軸として、その価値を磨き続ける。そして、そうした生きかたそのものを楽しんでいるようにも感じられました。
酪農業界が迎える厳しい現状のなかで、様々な挑戦を続けていく令和の時代の「開拓」という考えかた。ぜひ、「開拓の大地」中標津町を訪れたときに、あなた自身が何を思うか。その先の景色に思いを馳せてもらえたらと思います。

竹下さんの取り組みを味わえるお店

ピエトラさんはうちのチーズを使用している、イタリアンでカジュアルなキッチン。ぜひ、中標津町へ来たときには寄ってみてください。

脱脂粉乳から製造した当社のプロダクト

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